アショロカズハヒゲクジラ(Aetiocetus polydentatus)の復元

アショロカズハヒゲクジラの復元は、2010年6月から一年間にわたり、足寄動物化石博物館で行われたものです。
ここではアショロカズハヒゲクジラの頭蓋骨の復元から、古生物学会誌「化石90号の口絵」に投稿するまでを紹介します。

@アショロカズハヒゲクジラ(Aetiocetus polydentatus)とは


AMPNo.12産状図


1990年、北海道足寄郡足寄町に分布するモラワン層(2500万年前)からあるヒゲクジラ類の化石が発見されました。 その後の研究によって新種であることが判明し、アショロカズハヒゲクジラ(Aetiocetus polydentatus)と言う名前がつけられました。 現在、名前をつける基準になったこの化石標本は、AMPNo.12(タイプ標本)として足寄動物化石博物館に収蔵されています。

同じ産地からは、これまでに何頭ものクジラ化石が発見されていますが、アショロカズハヒゲクジラに同定された標本はAMPNo.12以外にありません。
世界の他の産地からもアショロカズハヒゲクジラに同定される標本は見つかっていないので、 AMPNo.12は世界で唯一のアショロカズハヒゲクジラの標本と言うことになります。


産出部位(白色)


アショロカズハヒゲクジラの骨格を復元するとこのようになります。
AMPNo.12は、頭から胸にかけての骨がほぼ関節した状態で発見されました。
背骨の数や指の数、後足の有無などは良く分かりませんが、研究する上で重要な頭部や前足などは産出しています。


復元図


復元された骨格図を基に生体復元を行うとこのような感じになります。
現生のヒゲクジラ類よりは大分小型で、体長は4mほどです。
ヒゲクジラ類の中ではかなり古いタイプに属しますが、ぱっと見は今のクジラ類とほぼ同じです。

A頭蓋骨の復元


アショロカズハヒゲクジラの頭蓋(背側)


地層中にあった化石は、少なからず断層や土圧で変形しています。
アショロカズハヒゲクジラの頭蓋は変形がひどく、数個のブロックに断層で切られた上にブロックごとでゆがんでいます。


Aは下顎、Bは頭蓋、Cは変形を戻した頭蓋、三角や丸は歯の位置

変形の無い頭蓋(復元頭蓋)の制作のため、まず化石標本を観察して歯の種類を同定し、それぞれのブロックの正中線(頭の真ん中の線)を決めました。 その後、画像ソフトで正中線を一直線に揃え、左右の歯を基準に石粉粘土で頭蓋を復元していきました。


アショロカズハヒゲクジラのレプリカと復元頭蓋


正中を揃えた画像とレプリカを基に復元頭蓋の制作を行いました。
(レプリカを隣に置いて大雑把に作って、揃えた画像と比べながら微調整って感じです!)


左から、アショロカズハヒゲクジラのレプリカ・化石標本・復元頭蓋


アショロカズハヒゲクジラの復元頭蓋は、基本的にレプリカを基に制作しましたが、 レプリカからではどうしても分からないところはオリジナルや近縁種と比較しながら制作しました。
(どうしても分からないところって言うのは、例えば、骨表面なのか骨断面なのかです。
骨表面だと思っていたところが骨断面だって事が分かれば、近縁種を参考に壊れた部分を推定しないといけません。)


アショロカズハヒゲクジラの復元頭蓋


近縁種やオリジナルの標本なども参考に頸部の骨格復元も行いました。
(ちなみにこのクジラは鼻骨が大きく、横から見ると鼻が盛り上がっています。 これはこの種の特徴なので、名前をつける際、団子鼻クジラという意味の学名にしたかったとか。)

ここまで来ると、ゆがんでいたオリジナルの化石標本よりは動物らしく見えます。

でもまだ歯がない。。。

多くの情報を持つ歯に強い拘りを持っている古生物学者は多いので、オリジナルの標本からかたどった歯を埋め込むことにしました。
(オリジナルの歯化石は、全体的にゆがみは少なかったんですが、それでもやっぱり一部でゆがみが強いところもあります。個人的には、まっすぐに作った歯を植えたかったんですが、 ボスの意向でオリジナルのレプリカを植えることになりました。。。)


アショロカズハヒゲクジラのレプリカと復元頭蓋


竹串の先端に歯のレプリカをつけて顎に植えていきました。
かみ合わせも重要なので、ちゃんと交互になるようにしています。
ちなみに、歯が同じ間隔で並んでいたかは、オリジナルの化石標本を見ても良く分かりませんでした。
近い種類(同属の別種Aetiocetus weltoni)では歯の間隔がまちまちだったりするようなので(まちまちでも交互にはなっていますが)、 アショロカズハヒゲクジラもまちまちだったかもしれません。
しかし観察しても良く分からなかったため、ほぼ同じような間隔に並べることにしました。

B復元頭蓋の型取り


復元頭蓋の片面を粘土に埋める。



シリコンゴムを掛ける。



石膏を掛けて型を補強する。


復元頭蓋が出来上がったら、次は型取りを行います。まず片面を粘土で埋め、シリコンゴムを掛けます。
シリコンゴムだけだと形を保てないので、石膏を掛けてゆがまないようにし、反対の面も同じようにして型の完成です。

C筋復元
復元頭蓋が出来たら、筋の復元を行い、大体の輪郭を決めていきます。
今回は咬筋(浅層)・咬筋(深層)・側頭筋・顎二腹筋後腹・内側翼突筋を復元しました。


筋復元(内側翼突筋は見えてない)


古生物の筋復元は、現在生きている動物の中で近い種類を参考にしたり、化石標本を観察して筋が骨に付着する面(粗面)を見つけたりして行います。
今回は幸運にもミンククジラの胎児の筋を観察させていただける機会がありましたが、アショロカズハヒゲクジラはミンククジラとは頭蓋骨の形が違うので、どこがどこに対応するのかがなかなか分かりませんでした。 さらに化石標本の骨表面の変形も激しく、観察しても筋粗面が分かりませんでした。

そこで今回は、一般的な哺乳類の筋を基本とし、ミンククジラの胎児の筋を参考にしながら復元しました。

(本来、体表を復元するための筋復元ならば、これらの復元した筋肉だけでは足りず、皮筋まで復元するべきなんでしょうが、 これ以上の復元を行うとかなり曖昧なところが出てくるので、この段階で止めました。。。)


筋の造形


油粘土で筋を造形しました。


次に油粘土で造形した筋を樹脂に置き換えました。

D眼球の復元
化石になった哺乳類の眼球の大きさは、目玉が入る眼窩の大きさから推定するしかありません。
鳥類や爬虫類では強膜骨ってのがあって、そこから眼球の大きさについてある程度のことが言えたりもするでしょうけど、 アショロカズハヒゲクジラにはそんなのは無いので、眼球の大きさは現在生きているクジラの眼窩と眼球の大きさの関係から考えるしかありません。


ミンククジラの頭蓋・眼窩・眼球


現生の ミンククジラの標本を用い、眼窩に対する眼球の大きさを調べてみました。
調べてみると眼球は大体眼窩の横幅の1/2程度と言うことが分かりました。
(クジラってやつは意外と眼球を動かす筋(外眼筋)が大きいみたいなんですよねぇ。)

この関係から考えるとアショロカズハヒゲクジラの眼球の大きさは4pと言うことになります。
大きさが大体決まると眼球を作らないといけません。
直径4cmのいい玉が手近なところになかったんで、ピンポン玉を核に大きくし、眼球を作りました。
これが結構大変で、何度も作り直しました。


瞳の形は、ヒトでは丸、ヤギでは横長と言った具合に動物によって様々です。
クジラはと言うと、明るいところではこれらの動物とも違う意外な形になります。

クジラ類に属するハクジラ類(イルカ)は、水族館でも飼われているので瞳の形が良く知られています。彼らの瞳は明るいところでは、(なんと!、)U字型なんです。 (アショロカズハヒゲクジラの復元をするにあたって、書籍や論文で示されているU字型が信じられなくて、知り合いの水族館関係者に実際に確認してもらいました。。。)
ハクジラ類はU字でOKだとして、ではアショロカズハヒゲクジラが属するヒゲクジラはどうかと言うと、なかなかいい資料がなくて良く分かりませんでした。 文章で単なる丸じゃないことは書かれていましたが具体的な形が良く分かりませんでした。 しかしヒゲクジラ類の網膜の神経節細胞の分布パターンがハクジラ類と似ているので、瞳の形はヒゲクジラ類でもU字型だろうと判断しました。
これで大きな問題は無いでしょう。


クジラの瞳孔の形の変化



制作した眼球


ちなみにより明るいところでは瞳の上側がさらに垂れてきます。

(ある方に「ハート型の瞳はあなたの作風ですか?」と聞かれました。
そんなわけあるかいっ!!)

E油粘土による生体復元の制作
油粘土による生体復元の制作は、筋復元をした復元頭蓋を土台にして行いました。


油粘土の土台


写真で隣にある画像は、国立科学博物館の特別展「大哺乳類展」で撮影したイルカ頭部の正中断です。こう言った資料を見ながら造形していきました。


油粘土で制作した頭部


アショロカズハヒゲクジラはクジラなので、体表は滑らかで皮膚の脂肪の層が分厚いと考えられます。
さらに、アショロカズハヒゲクジラの化石標本の観察では良く分かりませんでしたが、近縁種(同属の別種Aetiocetus weltoni)の 下顎(オトガイ孔や下顎結合)がすでに現代型のヒゲクジラ類のそれと同じだったため、 アショロカズハヒゲクジラの下顎の機能がすでに現代型のヒゲクジラ類に近かったのではと想定しました。
なのでこの生体復元では、現生のヒゲクジラ類(ナガスクジラ科クジラ類)と同様に喉を膨らましウネをつけ、下唇を大きくしました。
鯨ヒゲの有無については、すでに存在していたとする論文が2008年に出ていますが(Demere et al.2008)、 その根拠となった上顎骨腹側の孔が現生のヒゲクジラ類のそれと相同ではないとする考えもあるため(難しいところですが。。。)、 あったと結論を出すには時期尚早と考え、鯨ヒゲ無しの復元にしました。

F生体復元のキャスト制作
油粘土で造った生体復元のキャストを作ります!


油粘土で復元した頭部は、そのままでは保存が利かないため樹脂に置き換えないといけません。
型取りは、復元頭蓋と同様に、シリコンゴムをかけて行います。
(この生体復元、かなり大きくて型取りが大変でした。。。初めてなんだからもっと小さいクジラにすりゃ良かったと後から反省。。。)


シリコンゴムだけだと形を保てないので、樹脂で補強します(復元頭蓋の時は石膏を使いました)。
(樹脂による補強は初めてだったので、なかなか上手く行きませんでした。。。使った樹脂がゆがんでしまうんですよね。この道のプロは何を使ってるんでしょ。)


完成した型に樹脂を塗り、頭部復元のキャストを作ります。

G体色
さて、型に塗った樹脂が固まったら、次は塗装です!


魚竜化石に残された色素細胞の密度から、ある程度の色の濃さがあった事が分かったって言う古い論文(Whitear1956)を取り寄せて見ましたが、 根拠とされた色素細胞だとされる写真がかなり微妙でした。色素細胞と言われればそう見えなくもないですが、少し怪しいです。

しかし近年になって、羽毛のある恐竜の化石の電子顕微鏡観察から、羽毛に色素の形が残されていることが分かり、 そこから色の推定がなされるようになってきました(Li et al. 2010)。こちらは問題なさそうです。

色が分かったと言う研究は非常に面白いんですが、どうも羽毛しか調べることが出来てないようなので(恐竜の皮膚の印象化石から模様についての考察がされていますが)、化石クジラの模様までは多分どんなに科学が進んでも分からないだろうなと思います。

なのでアショロカズハヒゲクジラは気持ちよく好きな色に塗ることができます。

とは言っても、現在のクジラっぽい色だったと思われることと、あまり特徴的な模様だと「アショロカズハヒゲクジラはこんな模様をしていたのか!」 と一般の方に思われるのもよくないので、クジラらしい色と模様にしました。
H学会誌に投稿
今回のアショロカズハヒゲクジラの復元は、はじめから投稿することが目的でした。
どこに投稿してもよかったんですが、日本で最も古生物関係に影響力があり、載せてもらえ易く、カラーにしてもお金がかからないところを考えると、 日本古生物学会が年に2回発行している「化石」の口絵になりました。
しかし、「化石」は年にたった2回の発行で口絵は会誌一冊につき一つしか載りません。 今年中(2011年)に載せたいと言う想いがあったので、結構早めに動いて何とか年内の号に載せていただきました。


投稿用の写真は、頭部復元を大形のカメラ用三脚に引っ掛けて、3方向から光を当てて撮りました。
黒目の部分(虹彩)に光が入るように拘って撮っています。


口角を下げ過ぎたかなと言う反省がありますが、いい感じです(自画自賛!!)。
耳の位置も分かるし、眼のU字も見えます。
鼻も盛り上がり、アショロカズハヒゲクジラの種としての特徴がよく出ています。


この角度も生き物っぽく見えて、まあまあいい感じです。


さて、別刷も完成!これでアショロカズハヒゲクジラの復元はひとまず終了です。
口絵(化石90号)は日本古生物学会のHPからダウンロードできます(一年間は古生物学会会員のみ)。
会員でない方は、連絡をいただければ対応します。

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